近年は産業部門に比べて民生部門でのエネルギー需要が増える傾向にあり、この部門の省エネルギー対策に大きな期待がかかっている。
こうした中、JFEエンジニアリングと独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共同開発したのが「水和物スラリ蓄熱空調システム」である。
この技術の核となる「水和物スラリ」とは、7℃域で氷と同じような潜熱を持つ状態に変化し、水の2倍以上の冷熱をためることができる世界に例のない、蓄熱媒体である。
水和物スラリを利用した蓄熱空調システムは電力負荷の低い夜間に冷熱を蓄え、日中のピークにその冷熱を放出し省エネルギーを実現する。しかも省スペースで効率的に蓄熱できるとあって、セントラル空調方式の建物を中心にさまざまな分野で広まりつつある。
2006年には日本産業技術大賞内閣総理大臣賞を、2007年には日経地球環境技術賞を、2008年には国土技術開発賞を受賞するなど、技術的に社外からも高い評価を得ている。2008年2月には全国3番目の規模を誇る川崎駅地下街「アゼリア」に納入した。また国内のみならず、海外では米国カリフォルニア州ロス郊外で最大級の雇用規模を誇るC.S.I.社に採用されている。今後、国内外の大規模商業施設やオフィスビル、工場などに導入されることで省エネルギー効果が期待されている。
川崎駅地下街「アゼリア」プロジェクトを推進するとともに、プロジェクト全体を統括する立場の小木さんと、米国や東南アジアなど海外のプロジェクトを統括する原さん。互いに豊富な経験を持ち寄って、技術と営業のシナジー効果でCO2削減・省エネを目指している
──「水和物スラリ」を使った空調システムとは一体どのようなものでしょう。
【小木】 従来、夜間蓄熱システムは水蓄熱や氷蓄熱が一般的でした。水は顕熱といわれ、潜熱を持ちません。また氷は0℃以下まで冷やさなければならないので水に比べて多くのエネルギーを消費します。これに対し、水和物スラリは、水和剤(TBAB)を水に溶かした水溶液を冷却すると生成される水和物の結晶であり、水に比べて2倍の蓄熱性能を持つとともに、7℃域で氷と同じような潜熱を持つ状態に変化します。つまり冷水の半分以下の流量で同じ冷房効果となり、エネルギーの削減が可能になるのです。
【原】 この空調システムは、特に大型オフィスビルや工場等のセントラル空調設備に使用すると有効です。また、水でも氷でもない第三の選択肢として、水よりも省スペースで、氷よりも効率的に蓄熱できるのが特徴です。夜間電力の利用により、低い電力コストでランニングコストメリットを出し、電力の負荷平準化にも貢献します。
──お二人はどういう立場でこれに関わっているのでしょう。
【小木】 私は新省エネ空調エンジニアリング部課長としてプロジェクトを統括しています。2008年2月に納入した川崎駅地下街「アゼリア」のプロジェクトマネージャーとして設計・施工に携わりましたが、引渡し後においても、しっかりシステムが機能し、CO2削減につながっているかを検証することも大切な仕事になっています。
【原】 私は営業として主に大型オフィスビル、ホテル、コンベンションセンターなど年間を通じて冷房が必要でセントラル空調施設を持つところに出向いてマーケティング活動を行っています。具体的には市場の可能性を調査した上で、この新システムをPRし、受注に結び付けることが使命になります。家庭用クーラーのように機器ラインアップがあるわけではなく、1件1件お客様ニーズに応えてカスタマイズするのが基本です。
──部の特徴はどんなところですか。
【原】 新規事業ということもあり、営業も技術も全員が当社独自開発技術を市場投下するプロデューサー的役割を果たしているのが特徴です。私は事務系出身で、小木さんは技術系出身ですが、一人ひとりの裁量範囲が広く、技術や営業といった垣根はないですよね。
【小木】 そうだね。我々も課長・副課長ながら、上下関係というよりは同僚に近いかな。会議の席では当然互いの情報を交換し合うけど、それぞれ外に商談や打ち合わせに出ていることも多いよね。みんな経験を持っているメンバーが集まっているので、自分のプロジェクトや役割に集中しながら、時々相談し合う良き関係があると思うよ。
──新システムだけに営業のアプローチの特徴はありますか。
【原】 環境問題は地球規模で考える必要があるので、省エネ技術の推進に国境はないと思って取り組んでいます。私はアメリカの中でも環境対策で最先端を行くカリフォルニア州によく出張で行っています。たとえば小木さんから川崎アゼリアの情報をもらって、「日本のショッピングモールではこんな風に省エネ対策を行っている」とプレゼンテーションすると、俄然興味を示してくれます。営業の仕事を通じては、国内の省エネ実現効果は海外ニーズにつながり、海外実績は国内ニーズにつながると感じますね。
【小木】 原さんは留学などを通して海外経験が豊富。語学力も社内で評判が立つほどだから、海外の案件は安心して任せています。最近は東南アジアなどにも行っているよね。
【原】 そうですね。タイやシンガポール、インドネシアなどにも1〜2週間単位で出張に行っています。現地では、経験豊富な当社の現地法人会社の方々に協力してもらいながら活動します。技術的なことを突っ込まれて聞かれることもありますよ。もちろん自分で分かることは即答しますが、後で小木さんをはじめ、技術者に聞いて答えることもあります。小木さんは頼りがいがあり、何を聞いても丁寧に教えてくれるので助かっています。米国本土でのエンジニアリング事業は難しいといわれる中、2007年11月にはカリフォルニアスチール本社オフィスで当社の空調システムが本格的に稼動開始しました。営業と技術が一体となって成果を出せた時は大きな達成感を感じますね。
【小木】 私は国内中心で語学力は自信がないけど、海外ではどんなことが一番難しいの?
【原】 特にアメリカは訴訟国家で契約内容や保証などに非常に繊細にタッチしてくるので、詳しく調べてから契約合意に至る必要があります。他にも日本で温度表記は摂氏だけど、アメリカは華氏など、単位が違いますし、日本と海外では省エネ算出方法なども変わってきます。そういう習慣の違いを理解し、自分なりに相手の言葉の意図を翻訳できないといけません。その意味で、語学力だけでなく、多くの経験に裏打ちされた知見を持っていることが大切ですね。
──これからの部の目標を聞かせて下さい
【小木】 川崎アゼリアは年間1188トンのCO2削減目標を掲げており、その達成をまずは目指したいと思っています。当部としては水和物スラリを軸としながらも、空調設備全体の省エネ技術を提案していくことが大事になってくるでしょう。
【原】 同感です。蓄熱システム一つとってもいろいろあるし、幅広い省エネ技術・商品を視野に入れながら提案していきたいですね。環境問題は世界的に差し迫った課題であり、CO2削減につながる商品・サービスを世界に広めるやりがいは大きいですよ。
【小木】 今の部は新規事業ということもあり、40歳前後の経験豊富な多士済々のメンバーが集まっているよね。だけどこれからは若手の営業や技術も入って、技術を伝承して未来に繋げていかなければならない。原さんはどんな若手に期待したいと思う?
【原】 やはり自分から未知の世界へ飛び込んでいけるガッツと情熱あふれる人ですね。環境問題への意識を高く持つとともに、さまざまな経験により知見と人間力を高めていこうという人はぜひ当社の新規事業に加わってほしいですね。小木さんはどうですか?
【小木】 ”自分はこれしかやらない”と凝り固まりすぎていない方がいいね。会社は幅広い技術力と製品ラインナップを持っているし、若いうちは何でもやってやろうという柔軟な姿勢が大切。事務系・技術系に拘らず、強い好奇心と知識欲のある人に期待したいね。
【原】 確かに。我々もいろいろなことを経験して、今があるわけですからね。